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人権経営

私が目指している経営スタイルは上下関係の無い企業です。
従来の企業は
代表取締役社長、副社長
専務、常務などの取締役
本部長、部長、室長
課長、次長
係長、課長補佐
主任、チーフ
一般社員
派遣社員、アルバイト
といったような階層があり
上層部にいくほど立場や給料が上になります。

会社では人の上に人を作りトップからの支持伝達を
組織全体に広げるやり方が一般的です。
軍隊方式とも呼ばれています。
集団行動で短期的に目的を達成するために効率的なやり方です。

それに対して私の目指す会社は全員が横一列!
役職により業務内容は異なりますが
上下関係は存在しません。

それが私の目指す人権経営です。

従来の経営では管理者の業務は目的達成の計画と指示が主な業務でしたが
人権経営の管理者は目的達成の環境作りでありサポートが中心です。
目的を達成するかどうかは社員次第なので
どのようにして社員とのチームワークを作るかが問われます。

チームワークとチーム内競争は正反対の考え方です。
同じ職場で競い合い伸ばしていく方法が今までの経営でもあり学校教育でもあります。
人よりも上にという成長する気持ちを利用する反面
嫉妬や妬みを生んだりします。

競争経営が悪いとはいいませんが私には向いてないと思います。

私はみんなのために働くというチームワークの考え方が好きなので
自分の給料や役職を上げるためとか
同期に命令されるのが嫌とか
そんな理由で働く意欲は沸かないのです。

お客様や社員のそして社会の喜びのために働ける会社にしたいです。

従来の会社はそうなっていないというわけではありません。
人権経営をすると劇的に変わるとも思っていません。。
ただ、私が店舗経営していたときも
自分は経営者だからという上から目線ではなく
みんなと同じ立場でみんなの協力を得ながら経営をしてきたからです。
そういう経営しか出来ない哲学を持っているから
それは仕方が無いと思います。

私にとって人権の勉強をすることは
経営の勉強でもあります。
人を大切にする会社にしていくために
私自身が成長したいと今でも勉強を続けているんです。
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タグ : 経営

違った視点で物を見る

私は競争社会の考え方と人権を大切にする社会の考え方では
正反対と考えています。

正反対だから1つの事象に関して反対の考え方になるのは
当然だと思います。
どちらが正しくてどちらが間違っているというのではありません。

自民党を指示する方は競争社会を好み
民主党を指示する方は人権社会を好むとは思いますが
それは好みであってどちらが好き嫌いというのはあっても
正しいや間違いはないと私は思います。


東京都が派遣村の方へ交通費として2万円を支給しました。
しかし、560名のうちの約200名が2万円を使うルールを守らなかったという
事件がおきました。
200人にはなんに使ったのか領収書を提示させようかと検討しているそうです。

まずこれが事実です。

この事について競争社会からみると
お金を稼げない人にお金を渡すのは無意味だと思うでしょう。
行政がお金を稼げる仕組みづくりをきちんと準備する必要があるとも思うかもしれません。

こんな事があるから560人に出した交通費の約1100万円は無駄だと思うかもしれません。
または、200名に配った交通費400万円が無駄だと思うかもしれません。

競争社会の視点から見ると
基本的に派遣村にいくような負け組は努力が足りないという視点から見ます。
努力すれば何とかなったのに見通しが甘いと思う方もいるかもしれません。
『稼げないのは自業自得、自己責任で自分で何とかするのが当たり前』
そういう視点で派遣村の方を見る方が多いのも
この競争社会視点をもっている方です。

一方、人権派は別の視点で見ます。
どんな人間も人として生きる権利があります。
そのために行政が支援するのは当たり前であり
支援を受けたお金をどう使うかはその人の自由であると考えます。
しかし、自由の権利を行使するのには義務が生じます。
お金をいただいたらそれに見合う仕事をして
奉仕して当然と思うでしょう。

また一方で、親切を強要するのもおかしい話です。
義務を果たすべきだという前提の元で支援するというのは
ありえない話です。

そのためには支援をいただく人に専門のサポーターが必要です。
人は1人では生きていけません。
社会から必要とされて始めて生きがいを感じます。
その生きがいを一緒に見出していくサポーターも
立派な仕事のひとつです。

東京都は5輪招致の10分のビデオに5億円もかけられる資金があります。
1100万円という中途半端な対策ではなく抜本的な対策が必要だと考えます。
それが出来ないなら1100万円しか使えなかった政策がおかしいと考えます。
オリンピック招致に55億円を投資できるのに
雇用対策費用にはお金をかけられないのが不思議です。

お金を持ち逃げした方はそうしなきゃいけないような
環境の中に住んでいます。
そして、その環境を作っているのは社会であり
その環境を変える事が出来るのも社会です。

罪を憎んで人を憎まない。
それが人権的視点です。

情けは人のためならずといいます。
私たちが住む社会では人に情けをかけるべきです。
人が年末年始の生活に苦しんでいるのを見てるにも関わらず
自分は楽しむといったみてみぬふりをしたり
苦しんでいるのはその人が悪いのだという考えでは
いずれは孤立してしまい誰からの助けも来ないでしょう。

どんな方も人として対等な立場と考えるのが人権派です。
派遣村で生活している方も年収1億の方も
どちらが偉いとか偉くないとか、正しい、間違っているとか
そんなの全く関係ないのです。

物事の見方が違うとこうも感じ方が違うんだな~って思いました。
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身障者駐車場で頑張る力をいただく

身障者用駐車場があります。
しかし、身障者よりも健常者の数が圧倒的に多いため
その駐車場を移用している方殆どは健常者です。

身障者用駐車場は店舗入り口に広めに作られることが多く
車椅子でしか動けない方でも車に乗って買い物が出来るようにと
設置が義務付けられています。

経済だけで考えるなら身障者駐車場は多くの方の不便になるために
作らない経営者が多いでしょう。

障がいを持つ方の人権を大切にするためには法で決めないといけないのというのは
世界の常識です。
経済優先な社会では人権は大切にされないことが多いからです。
その結果、幸福感が低下し将来への不安が高まります。

身障者用駐車場に停めても違法ではありません。
停めるか停めないかは個人のモラルとなっています。
海外では罰金の所が多いです。
福祉はモラルだけでは成り立たないのが現実です。

身勝手な行為をすることは障がいをもった方への人権を侵害すること。
そういう意味で罰則を付けることに私は賛成です。

だから私はモラルが低下した身障者用駐車場に止める方を見るたびに
心が痛くなります。
それはモラルを守らない方を非難する気持ちではなく
こうした現状を何とか出来ない私に情けなく思うのです。

車椅子に乗られている方が身障者駐車場がいっぱいのために
駐車場の端に停めて狭いスペースを苦労して車椅子を下ろし
遠くから懸命に車椅子を使う姿を想像すると心が苦しくなります。

こんな社会を作っているのは私。
だから私は何とかしたいと思うんです。
悔しい気持ちも楽しい気持ちも
どちらも頑張る気持ちに変えたいと思います。
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タグ : 福祉

個人主義の誤解

言葉とは読む方や聴く方の思い込みでどうにでも捉えられる事が出来て
会話として成り立っていない時があります。

例えば
『このような仕事は彼には役不足ですよ!』
という会話の意味は『彼にとっては仕事が軽すぎる』なのですが
正確に伝わらない時があります。
また、『私にとって役不足です』という本来とは違った意味で使う人もいて
誤解される言葉が多くなっています。
その方にとって役不足とは自分とっては大役過ぎると誤解されているようです。

日本語とは時代と共に変化していくので
多くの方が誤解するとその言葉の意味が変わってしまうことが良くあります。

『他人』と書いて『ひと』と読むこともあるのですが
何でも『たにん』と読んでしまう人が増えたため
『他人事』は『ひとごと』ではなくて『たにんごと』という方も多くいます。

『情けは人のためならず』なんて言葉は代表的で
情けをかけることはその人のためにならない。
強く生きるために厳しく突き放ちなさいと勘違いされている方も多いようです。

個人主義という言葉もそういった誤解を生みやすい言葉です。
個人主義の反対は集団主義です。
集団行動を大切にする日本の教育の元
個人主義は利己的で身勝手な考え方だと誤解されてきました。

しかし本来の個人主義とは自分も相手も大切にするという
人権主義なんです。

集団主義では自分を捨て集団に合わせますが
個人主義では1人1人を大切にするために
自分を捨てることがありません。
そのために無駄な人がいなくなります。
集団主義では集団についていけない人は社会的に排除されやすいのですが
個人主義はそういう価値観がありません。

成熟した国家は集団主義から個人主義に移行していく流れになっており
絶対君主が統制していた封建主義から
国民に権利を与えられた民主主義へと移行します。

つまり民主主義の原則には1人1人を大切にする人権の尊重がある個人主義があると思うんです。

ここでまた誤解しやすいのが社会主義の存在です。
日本では社会主義=共産主義の事を指します。
共産主義の対義語は自由資本主義です。

ヨーロッパでは社会民主主義の国が多く
資本主義の元で民主主義が行われています。
厳密に言えば共産主義は社会主義に入っているのですが
自由資本によって国が左右されないという意味で
社会主義という枠の中に含まれているのです。

社会民主主義と自由民主主義の違いは
経済活動を自由にして経済により国民が国を作っていくのが自由民主主義で
経済活動に国を任せるのではなく経済の流れを変える税や法律を作り社会全体の
未来に向かって国を作っていくのが社会民主主義です。

人の当たり前が違うと
言葉の誤解が生じてなかなか伝わらない事が良くありますからね~

さて、個人主義に戻ります。
例えば介護について私はそれぞれの考え方の違いをこう思っています。
○集団主義
介護とはどの家庭も家族でその負担をするものであり
その親の面倒を見るのは家族として当然である。
みんながそうすれば誰にも負担がかからない。
そのためにも家族という集団の最小単位を残す事が大切で
家族の長は大切な存在。
だから介護は妻の役目。

○利己主義
介護とは自分自身の責任おいて自分自身で解決するものであり
周りの迷惑にならないようにしなくてはならない。
将来的に介護を受ける可能性は誰にでもあるから
誰もがその蓄えを必要とする。
蓄えが無いものは努力が足りないため
自己の責任において介護が受けられなくても文句は言えない。

○個人主義
介護を受ける必要がある個人を大切にし
介護を職として家族であろうがなかろうが
介護をしたい人が仕事の一環として行う。
介護を受ける方の個人を尊重するために
出来る能力でどうすれば人生を楽しめるかを追求していく。

人を大切にしたい私にとってこの個人主義の考えが本当に好きになってきました。
そのためには身体に染み付いた今までの考え方を変える必要があると思っています。
まだまだ勉強しますよ~
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タグ : 個人主義 社会主義

TV番組『考える。』が面白い

『人は本来、良い人なのか悪い人なのか』というテーマで
6人の芸能人が話し合いました。

幼稚園という場所でスタートしたために
良い人という考え方から始まり
話をしていくうちに
人が持つ欲望をさらけ出すのが悪で
それを制御できるように良い人になっていく。
つまり本来人は悪い人だという結論に至りました。

番組の中でも話していましたが
これは結論に至るまでの過程を楽しむものであり
結論自体に意味がありません。

私は人権派なので人は本来良い人という考え方で見ていました。
人権派の発想は人が生まれ生きる事自体が良い事であるという発想なんです。

その人が生きる環境によって考え方も変わるでしょう。
悪い事をしてしまうかもしれません。
しかしそれは環境がそうさせているのだと私は思うんです。

私たちは人が生きる環境を変える事が出来る。
だからこそ私は良い環境を作りたいと願っているのです。

景気が悪くなり将来の展望が見えなくなると
犯罪や自殺者が増えます。

国が豊かになるにつれて犯罪の件数は少なくなっています。
経済という環境を良くすることで
悪い人が減るのならば私たちは努力していく必要があると思います。

将来の希望が見えるような社会に私たちが変える事で
もっと悪い人は減ると思います。

だから私は人は本来良い人だと思うんです。
子どもの時からずっと愛情を受けて大人になっても
愛であふれた社会であれば
悪い人という概念はどんどん少なくなると思うんですけどね~

ということで私が考える良い人、悪い人の定義は
良い人=生きている人
悪い人=いない。(生きる環境において社会的に正しいという概念とは
違う考え方の中で生きる人がいるためにあたかもいるように思われがち。
一方的な正しいを否定する人権派では正しさすら疑問視するから。)
となりました!

こうして話し合ったり文章にする事で
今の自分の考え方が分かりますよね~
かなり今は人権派の影響を受けていますからね~
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